麻生副総理の笑顔で釣られ笑いするアルバムブログ


by floppy_smile

北方少年の表敬を受けて

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7月23日、総理大臣官邸で、北方少年(北方領土元居住者の三世等の中学生)の表敬訪問を受けて。
(毎日新聞/須賀川理撮影)

 冒頭、少年達からそれぞれ北方領土への想いが語られ、別海町立別海中央中学校の石川小春さんは、「北方領土が返還されたら祖母が元気なうちに一緒に島に行って、その頃の話をいっぱい聞きたいと思っています。一日でも早く島が戻ってくるように、自分でもできることはしっかりやりたいと思います。」と述べました。

 これを受け麻生総理は、「それぞれの想いが伝わってきて、良かったです。北方領土返還の話は、歴代総理がソ連もしくはロシアと長い間交渉してきています。こういう話は時間が掛かる話ではありますが、継続していかないといけないので、皆さんのように次の世代を担う人達がこういった気持ちを持ち続けていただくことが大事です。こういったものが広がっていくように話をする。いろんな所で話をしていただかないと忘れられてしまう。是非皆さんの仲間うちで広がるように期待しています。」と述べました。

首相官邸HP/総理の動き 7月23日 北方少年の表敬
北方領土問題とは?

(1)日本はロシアより早く、北方四島(択捉島、国後島、色丹島及び歯舞群島)の存在を知り、多くの日本人がこの地域に渡航するとともに、徐々にこれらの島々の統治を確立しました。それ以前も、ロシアの勢力がウルップ島より南にまで及んだことは一度もありませんでした。1855年、日本とロシアとの間で全く平和的、友好的な形で調印された日魯通好条約(下田条約)は、当時自然に成立していた択捉島とウルップ島の間の国境をそのまま確認するものでした。それ以降も、北方四島が外国の領土となったことはありません。

(2)しかし、第二次大戦末期の1945年8月9日、ソ連は、当時まだ有効であった日ソ中立条約に違反して対日参戦し、日本がポツダム宣言を受諾した後の同年8月28日から9月5日までの間に北方四島のすべてを占領しました。当時四島にはソ連人は一人もおらず、日本人は四島全体で約1万7千人が住んでいましたが、ソ連は1946年に四島を一方的に自国領に「編入」し、1949年までにすべての日本人を強制退去させました。それ以降、今日に至るまでソ連、ロシアによる不法占拠が続いています。(詳しくは「北方領土問題の経緯」のページを参照下さい。)

(3)北方領土問題が存在するため、日露間では、戦後60年以上を経たにもかかわらず、いまだ平和条約が締結されていません。

外務省/北方領土問題について




国後島
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(c) 空犬写真素材 PIXTA


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by floppy_smile | 2009-07-25 06:37 | 首都で