麻生副総理の笑顔で釣られ笑いするアルバムブログ


by floppy_smile

小村寿太郎と松岡洋右の話

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6月2日、スタインバーグ米国務副長官と麻生太郎総理大臣。(Getty image)
◆外務省/6月2日 スタインバーグ米国務副長官による麻生総理表敬

麻生 昭和25、6年、日本が国際社会に復帰していくのは、朝鮮戦争が起き、第三次世界大戦が始まるのではないか、といわれた時代です。多数講和か全面講和かで国論は完全に二分されていて、多数講和を選び、西側につくという決断は、当時苦渋の選択でした。そのためには極東軍事裁判を受け入れないといけないし、沖縄も当分帰ってこない、ということでしたから。  
 あのくらいいい加減だった吉田茂が、好きな葉巻をやめて事に臨むくらい真剣でしたし、あれは小学校の6年のときでしたか、私らに向かって、小村寿太郎と松岡洋右の話をするんですよ。小村寿太郎という人は、日露戦争が終わったあとにポーツマス条約を結んで帰国したら、石を投げられるやら、焼き討ちされるやらでえらい騒ぎになったという。一方、国際連盟を脱退して帰ってきた松岡洋右は万歳、万歳で迎え入れられた。けれども、後世の歴史家は松岡を評価せず、小村を評価するんだ、という話をするわけです。何の話だかよく分からないけれども、サンフランシスコから親父とお袋が帰ったら、私の家は焼かれるんだなというくらいの覚悟はあリましたね。そういう時代だったんです。  
 あのとき、経済復興に最重点をおいて、アメリカ側に属し、軽武装でいくという選択をしたから、今日の日本があるのだと思います。
手嶋 いまの麻生大臣の発言は、大変意外な感じがいたします。麻生太郎という政治家のイメージはというと、経済重視・軽武装を柱とする吉田ドクトリンというより、もっと武断派というか、そう思われているのではありませんか。しかしいまのご発言からすると、吉田路線の正統なる嫡出子と言っていいわけですね。
麻生 いやいつも言ってます、「経済的繁栄と民主主義を通じて、平和と幸福を」が、戦後日本のモデルだった、と。大体これ、英語で言うんですけど。ともかく私は、小泉さんがアメリカとの関係を大事にするというのは、絶対間違っていないと思います。  

麻生太郎オフィシャルサイト/2006年6月 中央公論7月号 ~これが外交の品格だ~ 抜粋,強調引用者
 私には信念があります。「経済的繁栄と民主主義を希求する先に、平和と人々の幸福がある。(Peace and Happiness through Economic Prosperity and Democracy)」これは、我が国が戦後歩んだ道です。経済的繁栄は新しい中間層を創出し、中間層は、更なる自由、民主主義、平和を希求します。多くのアジア諸国もこの道を歩みました。そして、驚異的な経済成長と、国によって濃淡がありますが、民主主義の伸張がもたらされたのです。日本が、アジア諸国の努力を支援することによって果たした役割は小さくなかったと自負しております。この成功体験により、「経済的繁栄と民主主義を希求する先に、平和と人々の幸福がある」との考え方が、日本外交の背骨となりました。

平成21年1月31日 ダボス会議における麻生総理大臣特別講演「私の処方箋 ~世界経済復活に向けて~」 抜粋,強調引用者
◆外務省/平成18年6月1日 中央アジアを「平和と安定の回廊」に
平成21年5月21日 「経済危機を超え、再び飛躍するアジアへ」
他にもあると思いますが…………

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by floppy_smile | 2009-06-07 02:37 | 首都で