麻生副総理の笑顔で釣られ笑いするアルバムブログ


by floppy_smile

デタラメ書きでわれわれは絶望に陥る(『幸福論』)

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5月13日、国会にて。(産経新聞/酒巻俊介撮影) このギャップが大好きです。

 もしもある人が自然な悲しみから、自分の家を柩台のような形に装飾するならば、彼はどこを見ても心の痛みをずきずきと想起するので、結局ますます悲しくなるだけである。それはわかりきったことである。同じことが我々の思想についても言えるのである。もしわれわれが、不機嫌のあまり、人間を黒一色に描き、政治を腐敗の姿で描いたとしたら、今度はそういうデタラメ書きでわれわれは絶望に陥る。もっとも賢い人がもっとも巧みに自分を騙すことが多い。自分の大げさな言い方はあとをひき、道理に見えるからである。
 いちばん厄介なのは、この病気が伝染することである。まるで精神のコレラみたいに。ぼくの知ってる人たちの中には、その人たちの前では、近ごろの公務員は全体として、前よりもっと正直で勤勉になったなどとはとてもいえない人がいる。情念のままにふるまっている人たちには、まことに自然な雄弁と、人の心をとらえる誠実さとがそなわっていて、満堂の聴衆をひきつける。そのような状況では、正しい考えを言おうとする人間が、ばかかひやかしの役を演ずることになる。

(略)

 そこでぼくの結論。よろこびは権威的ではない、若いがゆえに。一方、悲しみは王座にあって、いつも過度にあがめられている。そこから、言わねばならない。悲しみに抵抗しなければならない、と。なぜなら、よろこびが良いものだというばかりでなく――そのことだって、すでに一応の理由であろう――公平でなければならないからである。いつも雄弁で、いつも権柄ずくめな悲しみは、人が公平であることを決して望まない。

――55.泣き言(1913年5月14日)
アラン『幸福論』岩波文庫 p185~ 抜粋
お正月のメルマガ以来、『幸福論』を読みかえしています。

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by floppy_smile | 2009-06-05 00:01 | 首都で